院の近くにある家系ラーメン屋さんに、気がつけば2日間で3回も通っていました。
あの濃厚なスープと太麺の組み合わせは強烈で、「深夜に4回目も行こうかな」と思ったほどです。
でも不思議なことに、我慢をして翌日になったら、食事は自然とサラダや野菜中心のものを欲しました。
まるで身体が「もう塩分や脂は十分。今度は不足しているものを補おう」と言っているかのようでした。
あのときは、「またラーメンを食べたい」という欲求も確かにあったんです。
この矛盾した感覚の正体は何なのか。思い出したのが、いぜんよんだデイヴィッド・ローベンハイマーの『科学者たちが語る食欲』でした。
この本では、人間や動物の食欲には二重の仕組みがあると説明されています。
1.身体の栄養要求
不足した栄養素を補おうとする本能的なセンサー。
タンパク質、ビタミン、ミネラルなどが欠ければ、それを含む食べ物を欲する。
2.快楽的な要求
糖・脂・塩といった組み合わせに脳が強く反応し、「もっと欲しい」と感じさせる報酬系の欲求。
つまり、ラーメン3杯のあとに「もう1杯食べたい」と思ったのは快楽的な要求で、「サラダが欲しい」と思ったのは栄養要求によるものだった、ということになります。
この「二重の食欲」があるからこそ、ラーメンを食べた直後に「野菜が食べたい」と「またラーメンが食べたい」という正反対の欲求が同時に湧いてくるのです。
このように、食欲には「身体の声」と「誤った声」があると考えます。
・身体の声 … 不足を補おうとする働き。ラーメンの後に野菜を欲するのは、身体を守りバランスを取り戻す“正しい欲求”。
・誤った声 … お腹が十分でも「もう一杯」とラーメンを欲してしまうのは、バランスが乱れているときに出る“誤った欲求”。
そして大切なのは、欲求を抑えられないときや、誤った欲求にばかり引っ張られるときは、身体のバランスが崩れているサインかもしれないということです。
たとえば、
・ストレスや過労 → 気の巡りが滞り、甘いものやアルコールを強く求める
・睡眠不足や陰虚 → 潤い不足で辛いものや刺激物を欲する
つまり「意志が弱い」のではなく、身体の状態そのものが欲求を歪めていると考えるのが東洋医学の視点です。
・身体の声 … 野菜や水分など軽いものを欲する。食べたあとにスッキリする。
・中毒的欲求 … 油や塩気の強いものを繰り返し求める。食べたあとに重だるさや後悔が残る。
この違いを意識するだけで、自分の食欲を冷静に見つめ直せます。
2日で3杯のラーメンを食べたあと、「野菜が食べたい」と思ったのは身体のセンサーが働いた証拠。
同時に「またラーメンを」と思ったのは、中毒的な快楽の欲求。
科学的には食欲には二重の仕組みがあり、東洋医学的には「正しい欲求」と「誤った欲求」の見極めが養生の鍵になります。
もし誤った欲求ばかりに引っ張られるなら、それは身体のバランスが崩れているサインかもしれません。
そんなときは、自分を責めるのではなく「身体が今どういう状態にあるのか」を見直すことが第一歩です。
身体の声に耳を傾け、中毒的な欲求には理性と知識で距離を置く。
それが、科学と東洋医学がどちらも伝えている「健康を守る知恵」なのだと思います。