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ワクチンの歴史

2020.12.26

久しぶりの更新になってしまいました!


ちょっとバタバタしてまして…と言い訳はこの辺にして、巷を騒がしていますワクチンについて少し調べてみました。


 


健康な人の体に病原体を入れて、重篤な病気から守るという考え方は、紀元前1000年頃インドで天然痘の予防として試みられていたそうです。


当時は天然痘に罹患した患者に生じた膿疱や痂皮の一部を健康な人に接触させる方法で、人痘接種法と言われています。


これらは経験的なことから波及していったもので、天然痘になって生き残った人に看病させたりしているうちに、一度罹った人は二回目罹らないことを発見し、発展していったといわれています。


 


次に中国の人痘接種の起源は10世紀頃や11世紀など様々な説があり、紀元前の書物である黄帝内経・素問の刺法論(72)には伝染病にならない方法として2つあげられています。


 


1つが「正気が内に充実し、外来の邪気が侵犯できない…」


2つめに「疫毒を鼻孔から入れ、鼻孔からさらさればよく…」


 


とあり、こちらの篇にはあとから加えられるなど所説ありますが、疫病という概念と人痘接種についてまとめられ、実践されていたと考えられます。


また、清代の医師・張琰は腫痘新書(1741年)の中で、8~9千人に人痘接種を行い2~30人は救えなかった記録しています。


高い成功率でしたが不確実であり反対論も多く、値段も高かったためか普及の程度は限定的だったそうです。


 


西洋では1796年、イギリスの医師エドワールド・ジェンナーが、人痘接種の技術をさらに一歩進めて、比較的有害作用の少ない牛痘をある少年に接種させ、その後、天然痘ウイルスを暴露しても発症せず健康を維持した。


これを牛痘法といい、この発見は毒性の低い牛痘に罹患することで、毒性の強い天然痘に罹患しなくなるため大きな発見となりました。


この考えが、現在でいう不活化ワクチン(感染の能力を失くしたウイルス)や生ワクチン(弱毒性ワクチン)という風になっていきます。


当時はこの現象の背後にある科学については理解しておらず、それ以降の研究者たちが免疫のはたらきを解明していった。


 


その後、19世紀後半にロベルト・コッホなどにより病原微生物の存在が明らかとなり、さらに1890年にベーリングと北里柴三郎によりワクチンを受けた個体の血清中に病原体と反応する分子、すなわち抗体が存在することが発見されました。抗毒素が近代治療免疫学の主要で最初の成功となりました。


 


そして今回の新しいmRNAワクチン。


これまでのワクチンとの大きな違いは、ウイルスの遺伝子情報をコピーし、それをワクチンとして体に注入します。


そのコピーが疑似的にウイルス感染状況を作り免疫を獲得していくそうです。


今までは、毒性を弱めたものでもウイルスの端くれを入れていましたが、今回は遺伝子物質であり、生き物ではなく、すでに体の中にあるものだから安全性も高いと考えられているようです。


 


科学の発展により新しいワクチンを手に入れ、新型コロナウイルスに立ち向かう西洋医学。


では、東洋医学ではどうかというと基本的には紀元前と同じ考えです。


「正気が内に充実し、外来の邪気が侵犯できない…」というように、その人の状態が良ければ病気になりにくいと考えるわけです。


 


古代インドで観察によってみつかった人痘接種。


牛痘に感染して人が天然痘にならないことから見つけた牛痘法。


これと同じように、同じ環境にいても罹患する人としない人がいる。


その違いに目を向けて、発展していったのが東洋医学のひとつの面だと思います。


 


身体を整えて新型コロナウイルスもですが、それ以外の病気にもならないようにしていきましょう!!


 


≪参考文献≫


医学における種痘の功罪        入江 宏


中国における予防接種の歴史的発展   福士 由紀


日本における人痘接種の意義      酒井 シヅ


「有効性95%」世界を驚愕させた欧米のmRNAワクチン なぜ日本のワクチン開発は周回遅れなのか 木村正人